タッター、マクリの丘の歴史的建造物群
Historical Monuments at Makli, Thatta
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成り立ち
マクリの丘はパキスタン南部シンド州、インダス川デルタの頂点近くにある長さ6.5kmの台地で、その縁に沿って約10km²の墓地が広がる。墓は約50万基にのぼり、世界最大級の墓地の一つである。近くのタッターは3つの王朝が続けて都を置き、のちにデリーのムガル皇帝が治めた町で、14〜18世紀に飾られ続けた。
スーフィーの聖者シャイフ・ジャマーリーがここに修道場を開いて葬られ、14世紀のサンマ朝の王ジャム・タマーチーが聖者の近くに眠ることを望んだことから、墓所としての歴史が始まった。1461〜1509年に在位したジャム・ニザームッディーン2世の墓は砂岩造りの方形の建物で、グジャラート風の張り出し窓をもち、ヒンドゥー建築の影響を見せる。
16〜17世紀には、タルハン朝やムガル時代の支配者や総督の墓が加わった。1638年に没したディーワーン・シュルファ・ハーンの墓は最も色彩豊かとされ、ジャン・ベグ・タルハンの八角形のれんがの墓はドームを青とターコイズの釉薬タイルで覆う。1981年に世界遺産に登録されたが、2010年の洪水で傷みがさらに進んだ。
データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。