大運河
Grand Canal
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時間の物差し
前3000年起点 前486年現在
成り立ち
大運河の始まりは前486年、呉王夫差が長江と淮河を結ぶ邗溝を掘らせたことにさかのぼる。7世紀初め、隋の煬帝は604〜609年に各地の運河をつないで一つの網にまとめ、ユネスコによれば、帝国全体を結ぶ交通路として初めて構想された。
13世紀の元代には人工水路が2000kmを超えた。フビライの時代、1280年代に山東の丘陵を越える区間が開かれて経路は最大700km短くなり、1289年には技術者馬之貞が閘門の多い会通河を1年で完成させた。明の永楽帝は都を北京に移し、1411〜1415年に16万5000人を動員して山東区間を浚渫した。
1855年に黄河の流路が変わって運河は山東で断ち切られた。北京から浙江まで8つの省を通る85の構成要素が、2014年に世界遺産に登録された。
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