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ピュー古代都市群
写真: Tetsuya Kitahata / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons · トリミングあり

ピュー古代都市群

Pyu Ancient Cities
WHC 14442014年登録22.47°N 95.82°EWikipedia 16言語

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時間の物差し
前3000年起点 前200年現在

成り立ち

ピュー古代都市群は、ミャンマー中部の乾燥地帯、エーヤワディー川流域にあるハリン、ベイタノー、シュリークシェートラの3つの都市遺跡である。ピューの王国は紀元前200年から紀元900年ごろまで1000年以上栄え、レンガの城壁と堀で囲んだ広い都市を築いた。発掘で得られた年代では、こうした都市の形がベイタノーでは紀元前2世紀から4世紀のあいだに、ハリンでは2〜3世紀に、シュリークシェートラでは1〜3世紀に現れている。

城壁の内側には宮殿の区画や墓地、工房、田畑があり、水路やため池が集約的な農業を支えた。いまも使われている水利施設もある。ピューの人々は早くから仏教を受け入れ、シュリークシェートラには7世紀ごろまでにボーボージーなどの円筒形の高い仏塔が現れた。シュリークシェートラの城壁は周囲13kmを超え、11世紀のパガンよりも広い。

中国の記録によれば、832年に南詔の軍がハリンから3000人を連れ去ったが、放射性炭素年代ではハリンの人の営みは870年ごろまで続いた。9世紀に政治の中心がパガンへ移ると、ピューの人々はしだいにビルマ人に溶け込んでいった。それでも都市は捨てられず、王族から庶民までの信仰を受け続けた。3都市は1902年に「発見」され、2014年に世界遺産に登録された。

データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。