ティムリカ・オヒンガ
Thimlich Ohinga
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成り立ち
ティムリカ・オヒンガは、ケニア西部ヴィクトリア湖地方、ミゴリの町の北西にある石積みの集落跡である。モルタルを使わず、加工しない石を組み合わせて壁を築いている。ヴィクトリア湖周辺には同じような遺跡が138か所、石造構造物が521あり、ティムリカ・オヒンガはその中で最大で、最もよく残る。
UNESCOは16世紀ごろの建設とみており、こうした石垣の囲いを築く伝統は20世紀半ばまで続いた。ルオ人の口承では、囲いは野生動物や家畜泥棒から人と家畜を守るためのもので、血縁による集団のまとまりも示していた。中には入口近くの見張り台、住居跡、家畜囲い、岩に彫られた盤上遊戯アジュアの盤が残り、鉄の鍛冶の跡や輸入ガラス玉からは遠距離交易とのつながりがうかがえる。
最後の住人は20世紀前半に囲いを出た。遺跡は1960年代に記録され、1980年にケニア国立博物館が調査を始め、1981年に「リアレ渓谷」から現在の名に改めて国の記念物となった。ルオ語でティムリカは「恐ろしく深い森」、オヒンガは「大きな砦」を意味し、2018年に世界遺産に登録された。
データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。