オスマン帝国発祥の地ブルサとジュマルクズク
Bursa and Cumalıkızık: the Birth of the Ottoman Empire
Wikipediaで記事がある言語の数を、世界での知られ方の目安にしています。行った人・行きたい人の数は、利用者が増えてから表示します。
アプリで記録する
朱印・行きたい・立った年は、iPhoneアプリで記録します。
成り立ち
トルコ北西部、ウル山のふもとのブルサは、14世紀初めにオスマン帝国最初の都となった。オルハン・ガーズィー、ムラト1世、バヤズィト1世、メフメト1世、ムラト2世の5人のスルタンが、主に丘の上に1つずつ中心をつくった。
それぞれの中心はキュリイェと呼ばれる複合施設で、モスク、神学校、浴場、貧しい人への食堂、墓廟をまとめた。商業はアヒーの同業組合が担い、隊商宿の地区が栄えた。この町づくりはのちのオスマンの町の手本になった。
東へ10kmのジュマルクズクは、オルハン・ガーズィーのキュリイェを支える寄進地の村としてつくられ、その収入が施設をまかなった。今も古い家270棟が残る。2014年、町とこの村の8つの構成資産が世界遺産に登録された。
データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。