フライ・ベントスの産業景観
Fray Bentos Industrial Landscape
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時間の物差し
前3000年起点 1859年現在
成り立ち
フライ・ベントスの工場群は、町の西でウルグアイ川に突き出た土地にある。1859年、英国人の地主リチャード・ヒューズがここに肉の塩漬け工場を建てた。1862年、ドイツ人の鉄道技師ゲオルク・ギーベルトはユストゥス・フォン・リービッヒの著書を読み、捨てられていた牛肉から南米で肉エキスを安く造れると考え、ここに試験工場を開いた。
1865年12月4日、ロンドンにリービッヒ肉エキス会社が設立された。1kgのエキスに約30kgの肉を使い、1875年にはこの工場で年500tを造った。1873年からは缶詰のコンビーフも造り、「フライ・ベントス」の名で売った。製品は第一次世界大戦で兵士の食料となり、会社は労働者の住宅や社交・運動の施設を整え、英語の授業も開いた。
1924年に英国のヴェスティ・グループが工場を引き継いでフリゴリフィコ・アングロとし、冷凍肉の輸出を始めた。最盛期には人口1万2000人の町で5000人が働き、50を超える国の出身者が集まった。1950年以降は需要が減り、1979年に生産が終わった。2005年に一部が産業革命博物館となり、2015年に世界遺産に登録された。
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