StoodmarkEN
クリスチャンスフェルド
写真: Villy Fink Isaksen / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons · トリミングあり

クリスチャンスフェルド

Moravian Church Settlements
定番WHC 1468bis2015年登録40.62°N 75.38°WWikipedia 62言語

Wikipediaで記事がある言語の数を、世界での知られ方の目安にしています。行った人・行きたい人の数は、利用者が増えてから表示します。

時間の物差し
前3000年起点 1722年現在

成り立ち

1415年に改革者ヤン・フスが火刑に処されたあと、ボヘミアとモラヴィアには兄弟団(ウニタス・フラトルム)が生まれた。18世紀、ハプスブルク家の対抗宗教改革に追われたドイツ語を話す信徒たちは、1722年からザクセン領の上ラウジッツへ移った。ツィンツェンドルフ伯爵は自分の領地に彼らを迎え、こうしてヘルンフートが生まれた。名は「主の見守り」を意味する。

1732年、ヘルンフートから2人の兄弟がデンマーク領西インド諸島へ向かい、最初の組織的なプロテスタント宣教が始まった。1741年のクリスマス・イブ、ツィンツェンドルフらはペンシルベニアのモノカシー川とリーハイ川の合流点に入植地を開き、イエスの生まれた町にちなんでベツレヘムと名づけた。どの集落にも教会、共同体の家、独身者や寡婦が暮らす共同住宅、墓地「神の畑」が計画的に置かれ、北アイルランドのグレースヒルも同じ考えで造られた。

デンマークのクリスチャンスフェルドは1773年に創られ、国王クリスチャン7世の名を冠している。王は10年間の免税と新築費用の1割負担を約束し、町の大半は1800年までに建った。2015年にクリスチャンスフェルドが世界遺産になり、2024年にヘルンフート、グレースヒル、ベツレヘムが加わって4か国にまたがる遺産となった。

データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。