写真: Tomhennigan / Public domain / Wikimedia Commons · トリミングあり
アンティグアの海軍造船所と関連考古遺跡群
Antigua Naval Dockyard and Related Archaeological Sites
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時間の物差し
前3000年起点 1725年現在
成り立ち
アンティグア島南岸のイングリッシュ・ハーバーは、高地に囲まれた深く細い湾で、ハリケーンから船を守り修理するのに向いていた。イングランドは1632年にアンティグアを植民地とし、海軍はこの湾を避難港として使い始めた。湾の入口の半島に築かれたバークレー砦が記録に初めて現れるのは1704年である。
1725年、湾の東側に最初の造船所セント・ヘレナが置かれ、1740年代半ばからは西側で現在の造船所の建設が始まった。工事には近くの農園から送られた奴隷のアフリカ人が働かされ、UNESCOは何世代もの奴隷にされたアフリカ人の労働なしには建設できなかったと記している。造船所の目的は、ヨーロッパ列強が東カリブの支配を争う中で砂糖農園主の利益を守ることだった。
現在残る建物の多くは1785〜1794年の建設計画で造られた。イギリス海軍は1889年に造船所を手放し、建物は荒れた。1951年に「イングリッシュ・ハーバーの友の会」が修復を始め、1961年に一般公開された。2016年に世界遺産に登録された。
データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。