アニ
Ani
Wikipediaで記事がある言語の数を、世界での知られ方の目安にしています。行った人・行きたい人の数は、利用者が増えてから表示します。
時間の物差し
前3000年起点 961年現在
成り立ち
アニは、アルメニアのバグラトゥニ朝の王アショト3世が961年にカルスから都を移した町である。1045年まで王国の都として栄え、ビザンツ、ペルシア、アラブとの交易の拠点となった。「1001の教会の町」と呼ばれたが実際の数はずっと少なく、これまでに50の教会、33の洞窟礼拝堂、20の礼拝堂が発掘されている。
大聖堂は989年にスムバト2世のもとで着工し、中世アルメニアで最も名高い建築家トルダトが設計した。ドームは1319年に崩れた。1064年、アルプ・アルスラン率いるセルジューク軍が25日間の包囲の末に町を奪い、その後アニはクルド系のシャッダード朝、ジョージア、モンゴルの支配を受けた。1319年の地震と交易路の移り変わりで衰え、17世紀までに人が住まなくなった。
1878年、アニを含むカルス地方はロシア帝国に編入された。1892年、サンクトペテルブルク科学アカデミーの後援でジョージアの東洋学者ニコライ・マルが最初の発掘を行い、調査は1904年から1917年まで毎年続いた。アニは2016年に世界遺産に登録された。
データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。