アフロディシアス
Aphrodisias
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成り立ち
アフロディシアスはトルコ南西部、古代カリア地方の谷にあった都市である。アフロディテの神殿は前3世紀に建てられ、その約1世紀後の前2世紀初めに町が都市国家として生まれた。
北東の石切場から出る大理石が、町を彫刻の中心地にした。この町の彫刻家はローマ帝国の各地で働き、ティヴォリのハドリアヌス帝の別荘の作品にも彼らの署名が残る。アウグストゥスとユリウス=クラウディウス朝の皇帝を祀るセバステイオンが建てられ、町には約2000の碑文が残る。アフロディテの神殿は500年頃に教会に改められた。
1961年、トルコ出身の考古学者ケナン・エリムが本格的な発掘を始め、1990年に亡くなるまで続けた。1991年からはR.R.R.スミスが調査を率いている。都市遺跡と石切場は2017年7月9日に世界遺産に登録された。
データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。