スヴィヤジツクの集落島の生神女就寝大聖堂と修道院
Sviyazhsk Assumption Monastery
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時間の物差し
前3000年起点 1551年現在
成り立ち
スヴィヤジスクはヴォルガ川、スヴィヤガ川、シチューカ川が合流する地点にある。1551年、イヴァン4世(雷帝)はここに要塞を築き、カザン・ハン国を征服するための前線基地とした。要塞はウグリチで作った部材をヴォルガ川で運び下ろし、4週間で組み上げたものである。翌1552年のカザン包囲では、ロシア軍の拠点となった。
1555年、カザン主教区が置かれたのと同じ年に生神女就寝修道院が創建され、修道士ゲルマンが初代の掌院となった。生神女就寝大聖堂は1556年に着工し、1560年代にフレスコ画で内部が覆われた。修道院はヴォルガ地方にモスクワの支配と正教を広げるイヴァン4世の計画の拠点となり、ロシアで最も早い時期の印刷所の一つも置かれた。
1918年以降、修道院は閉鎖され、少年刑務所やグラーグの収容所として使われた。1950年代から1994年までは精神病院が置かれ、1997年に正教会へ返還されて修復が進められた。1955年にクイビシェフ貯水池ができてから町は島と呼ばれるが、実際には堤道で陸とつながっている。大聖堂と修道院は2017年、クラクフで開かれた第41回世界遺産委員会で登録された。
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