写真: Albireo386 / Public domain / Wikimedia Commons · トリミングあり
タラヨ期メノルカの先史遺跡群
Talayotic Culture of Minorca
Wikipediaで記事がある言語の数を、世界での知られ方の目安にしています。行った人・行きたい人の数は、利用者が増えてから表示します。
アプリで記録する
朱印・行きたい・立った年は、iPhoneアプリで記録します。
時間の物差し
前3000年起点 前1600年現在
成り立ち
地中海西部のメノルカ島には、紀元前1600年ごろの青銅器時代から紀元前123年の後期鉄器時代までの集落と墓が残る。島の人々は巨石を積む「キュクロプス式」の建築を発達させた。代表的なタラヨは大きな円錐台形の石の塔で、メノルカのものは多くが内部に部屋を持たない。T字形の巨大な石柱を馬蹄形の囲いの中心に立てたタウラと呼ばれる聖域も造られた。
やがて島はギリシア人、フェニキア人、カルタゴ人と交易し、村には防御の施設が加えられた。トレプコの集落は第2次ポエニ戦争のさなかに破壊され、急に放棄された。1818年、フアン・ラミスは『メノルカ島のケルトの古代遺物』を著し、これはスペイン語で書かれた最初の先史学の本となった。1930年代にはトレプコとサ・トレタ・デ・トラムンタナで、科学的な方法による最初の発掘が行われた。
2023年、島内9つの区域にある280の遺跡とその周囲の景観が世界遺産に登録された。範囲は島の面積の約5%にあたる。建造物の天文学的な向きや、遺跡どうしが互いに見通せる配置は、宇宙観にかかわるつながりがあった可能性を示している。
データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。