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「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群
写真: 「Munakata taisya honden」Jerry fish tkc / CC BY-SA 3.0 / Wikimedia Commons · トリミングあり

「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群

Sacred Island of Okinoshima and Associated Sites in the Munakata Region
WHC 15352017年登録34.24°N 130.11°EWikipedia 31言語

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時間の物差し
前3000年起点 300年現在

成り立ち

沖ノ島は九州の北西岸から約60km沖にある島で、4世紀から9世紀末まで航海の安全を祈る祭祀が行われた。祭祀の場は時代とともに岩の上から岩陰、半ば露天、露天へと移った。この時期は日本列島と朝鮮半島、大陸の間で交流が盛んだった時代にあたる。

1954年から1971年にかけて3次の学術調査が行われ、沖津宮社殿周辺の22の祭祀跡から約8万点の奉献品が出た。それらはすべて国宝に指定されているが、調査されたのは祭祀遺構全体の約3割にとどまる。島での直接の奉献は9世紀に終わり、その後は大島や九州本土から島を遥拝する形で信仰が続いた。

島は宗像大社の沖津宮となり、大島の中津宮、本土の辺津宮とともに宗像三女神をまつる。島は女人禁制で、かつては毎年5月27日の大祭に限り約200人の男性が上陸できたが、2017年7月9日の世界遺産登録後、2018年から研究者などを除く上陸は禁じられた。構成資産は8件で、宗像氏の墓とされる新原・奴山古墳群も含む。

データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。