カルハット
Qalhat
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時間の物差し
前3000年起点 1000年現在
成り立ち
カルハットは、オマーン東海岸のスールの北約20kmにある古い港町の遺跡である。11世紀から15世紀にかけて大きな港として栄え、城壁に囲まれた町は35haに広がっていた。町はホルムズの王侯の支配下にあり、季節ごとの居所や避難先としても使われて、第2の都の地位をもった。
港はインド、東アフリカ、中国、東南アジアと結ばれ、ナツメヤシの実やアラブ馬、乳香、香辛料、真珠が行き交った。13世紀にはマルコ・ポーロが訪れて「カラトゥ」と記した。14世紀に来たイブン・バットゥータは、立派な市場と最も美しいモスクの一つがあると書き、そのモスクはビービー・マリヤムが建てたと記した。ビービー・マリヤムは1311年か1312年に夫アヤーズが死んだ後も、カルハットとホルムズを治めた。
1507年、アフォンソ・デ・アルブケルケ率いるポルトガル軍が町を攻め取ったが、交易はすでにマスカットに移り、町は衰えていた。16世紀に町は捨てられ、いまはドームを失ったビービー・マリヤム廟がほぼ唯一の目立つ建物として残る。遺跡からはペルシャや中国から来た品も見つかっている。2018年に世界遺産に登録された。
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