写真: Storrs-Fox, Edwin Aubrey / Public domain / Wikimedia Commons · トリミングあり
ディルムン埋葬塚
Dilmun Burial Mounds
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時間の物差し
前3000年起点 前2200年現在
成り立ち
ディルムンの墳墓群は、ペルシア湾の島国バーレーン本島の西部に広がる21か所の墓地遺跡である。紀元前2200年から前1750年までの約450年間、初期ディルムン文明の時代に築かれた。当時のバーレーンは交易の中継地として栄え、その富によって住民全体に及ぶ手厚い埋葬の習わしが生まれた。
6か所の墳墓群には合わせて約1万1774基の墓があり、もとは円筒形の低い塔の形をしていた。中央の石室を低い環状の壁が囲み、石室の奥には小さなくぼみが設けられている。ほかの15か所には2階建ての塔のような王墓17基があり、アアリ村の家並みの中に残っている。
1889年2月、イギリスの探検家セオドア・ベントと妻メイベルが墳墓のいくつかを発掘した。アアリの王墓から見つかった楔形文字の碑文には、ディルムン最後の王たちとされるリムムとヤグリ・エルの名がある。1950年代にはデンマークの調査団が墳墓を開き、2019年に世界遺産に登録された。
データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。