シャキの歴史地区とハーンの宮殿
Historic Centre of Sheki with the Khan’s Palace
Wikipediaで記事がある言語の数を、世界での知られ方の目安にしています。行った人・行きたい人の数は、利用者が増えてから表示します。
時間の物差し
前3000年起点 1772年現在
成り立ち
シェキはアゼルバイジャン北西部、大コーカサス山脈の南麓にあり、グルジャナ川が町を分けて流れる。1743年、ハジ・チェレビがシェキ・ハン国の独立を宣言し、シェキはコーカサスに生まれたハン国の最初の一つとなった。
1772年の泥流で旧市街が壊滅し、町は東の高台、ヌハ村の近くに移された。その後の短い期間にキャラバンサライ、商店、モスク、浴場が建ち、家々には蚕を飼う屋根裏と桑の木の庭が設けられた。ハンの夏の宮殿は18世紀末に建てられ、釘も接着剤も使わない木組みに色ガラスをはめた窓で知られる。
1805年の条約でロシアへの併合が決まり、1819年にハン国は廃止された。1850〜70年には200を超える欧州の会社が事務所を置く国際的な絹の産地となった。町は1968年までヌハと呼ばれ、2019年に世界遺産に登録された。
データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。