写真: The British Library / No restrictions / Wikimedia Commons · トリミングあり
アフマダーバードの歴史都市
Historic City of Ahmadabad
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時間の物差し
前3000年起点 1411年現在
成り立ち
グジャラート・スルターン朝のアフマド・シャー1世は1411年、サーバルマティー川の東岸に新しい都を築き、自らの名をつけた。1487年にはマフムード・ベガダが周囲約10km、12の門と189の稜堡をもつ城壁で町を囲んだ。
城内にはスルターン朝のモスクや墓廟、のちのヒンドゥー教やジャイナ教の寺院が並ぶ。住民は「ポール」と呼ばれる門のついた路地ごとにまとまって暮らし、邸宅が密に建て込んだ。
1573年にムガル帝国のアクバルが征服し、町は織物交易の中心となった。1818年に東インド会社の支配下に入り、1861年には最初の紡績工場が開かれた。1930年、ガンディーはこの町の道場から「塩の行進」に出発した。
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