マフラの王家の建物‐宮殿、バシリカ、修道院、セルク庭園、狩猟公園(タパダ)
Royal Building of Mafra
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時間の物差し
前3000年起点 1711年現在
成り立ち
1711年、ポルトガル王ジョアン5世は、王妃マリア・アンナに子が生まれたら修道院を建てると誓った。王女バルバラが生まれ、リスボンの北西約30kmのマフラで1717年11月17日に礎石が置かれた。
初めは13人の修道士のための小さな修道院の計画だったが、植民地ブラジルから金とダイヤモンドが流れ込むと、王は宮殿と大きな修道院に計画を広げた。王と王妃の宮殿、バシリカ、フランシスコ会の修道院を1つの四角い建物にまとめ、バシリカは王の誕生日の1730年10月22日に献堂された。
バシリカには58体の彫像、フランドルに注文した2組のカリヨン、6台のオルガンがあり、図書館には禁書や揺籃期本も収められた。ここで育った石工の技は、1755年の地震の後のリスボン再建に生かされた。1747年にできた王の狩猟園とあわせ、2019年に世界遺産に登録された。
データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。