StoodmarkEN
イラン縦貫鉄道
写真: 「VERESK Bridge - panoramio」Alireza Shakernia / CC BY-SA 3.0 / Wikimedia Commons · トリミングあり

イラン縦貫鉄道

Trans-Iranian railway
WHC 15852021年登録35.66°N 51.40°EWikipedia 31言語

Wikipediaで記事がある言語の数を、世界での知られ方の目安にしています。行った人・行きたい人の数は、利用者が増えてから表示します。

アプリで記録する

朱印・行きたい・立った年は、iPhoneアプリで記録します。

時間の物差し
前3000年起点 1927年現在

成り立ち

イラン縦貫鉄道は、北東のカスピ海と南西のペルシア湾を結ぶ全長1394kmの鉄道である。1925年に王位についたレザー・シャーのもとで1927年に建設が始まり、1938年8月26日に全線が開通した。議会は砂糖などへの国内税で建設費をまかなう法を定め、外国からの借金と支配を避けた。初期の鉄道としては珍しいやり方だった。

最初の試験線は南北の両端から延びた。1933年4月、イランはデンマークのカンプサックス社と契約し、同社は工事を43の工区に分けて、ヨーロッパ、アメリカ、イランの会社に請け負わせた。工事は予算を下回り、予定より早く終わった。6万5000人を超える技術者、事務員、労働者が働いた。

路線には大きな橋174、小さな橋186、トンネル224(うち11はループ状)、駅89が造られた。両端の港は当時バンダレ・シャーとバンダレ・シャープールと呼ばれた。2021年に世界遺産に登録された。

データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。