ジャール平原
Plain of Jars
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時間の物差し
前3000年起点 前500年現在
成り立ち
ラオス中部、シエンクアン県の高原に、筒形の巨大な石の壺が数多く散らばる。前500年から後500年ごろの鉄器時代に、葬送のために使われたもので、壺をつくった文明は500年ごろに姿を消した。
壺は中央の高原をめぐる丘の斜面や尾根に並び、蓋とみられる石の円盤、二次葬の跡、墓標、石切り場も残る。メコン川流域の文化と紅河・トンキン湾の文化という2つの鉄器時代の世界が交わる場所で、壺の分布は陸の交易の道にそうとみられる。
7つの壺の遺跡は不発弾が取り除かれ、公開されている。15の構成資産が2019年に世界遺産に登録された。
データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。