バガン
Bagan
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時間の物差し
前3000年起点 849年現在
成り立ち
バガンはミャンマー中央部、エーヤワディー川の湾曲部の乾燥した平原にある。王朝年代記は849年にピンビャー王が町を城壁で囲んだと伝え、欧米の研究では9世紀半ばから後半にビルマ族が築いたとされる。1044年から1287年まで、バガン王朝の都であった。
11世紀半ばから王が上座部仏教を保護し、王を最大の寄進者とする功徳の積み方が寺院の建設を加速させた。11〜13世紀にこの平原だけで1万を超える寺院や仏塔、僧院が建てられ、1102年のシュエズィーゴン・パゴダや、1105年にチャンシッター王が寄進した高さ51mのアーナンダ寺院が残る。世界遺産としては3,595の記録された建造物が対象となっている。
13世紀末、度重なるモンゴルの侵攻で王朝は崩れ、1297年に都としての役目を終えた。1975年7月8日と2016年8月24日の大地震で多くの寺院が傷み、2016年には約400の寺院が大きな被害を受けた。2019年に世界遺産に登録された。
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