オンビリン炭鉱
Ombilin coal mine
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時間の物差し
前3000年起点 1868年現在
成り立ち
オンビリン炭鉱は、スマトラ島西部の山あいの町サワルントで、オランダ領東インド政府が19世紀末から20世紀初めにかけて築いた石炭の採掘・選炭・輸送の仕組みである。良質の石炭は1860年代にオランダの地質調査で確かめられ、1868年に技師ウィレム・ヘンドリック・デ・フレーフが鉱床を見つけた。山深く鉱床も深いため、運び出す手段が先に必要だった。
1887〜1891年に、谷と海岸を結ぶ全長155kmの鉄道が敷かれた。ラック式の区間や橋、トンネルを備え、1888年には積み出し港エマハーフェン(現在のテルック・バユール)も築かれた。露天掘りは鉄道の完成後の1892年に始まった。
働き手は地元のミナンカバウの人々に加え、ジャワや、シンガポールとペナンを経て集められた中国人の契約労働者、そしてジャワやバリ、マカッサルの監獄から送られ「オラン・ランタイ(鎖の人)」と呼ばれた囚人だった。会社町サワルントには7000人を超える人が住んだ。1945年にインドネシア政府が経営を引き継ぎ、最後の石炭列車が港に着いたのは1999年である。2019年に世界遺産に登録された。
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