StoodmarkEN
オンビリン炭鉱
写真: Joachim Lutz / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons · トリミングあり

オンビリン炭鉱

Ombilin coal mine
WHC 16102019年登録0.68°S 100.77°EWikipedia 25言語

Wikipediaで記事がある言語の数を、世界での知られ方の目安にしています。行った人・行きたい人の数は、利用者が増えてから表示します。

アプリで記録する

朱印・行きたい・立った年は、iPhoneアプリで記録します。

時間の物差し
前3000年起点 1868年現在

成り立ち

オンビリン炭鉱は、スマトラ島西部の山あいの町サワルントで、オランダ領東インド政府が19世紀末から20世紀初めにかけて築いた石炭の採掘・選炭・輸送の仕組みである。良質の石炭は1860年代にオランダの地質調査で確かめられ、1868年に技師ウィレム・ヘンドリック・デ・フレーフが鉱床を見つけた。山深く鉱床も深いため、運び出す手段が先に必要だった。

1887〜1891年に、谷と海岸を結ぶ全長155kmの鉄道が敷かれた。ラック式の区間や橋、トンネルを備え、1888年には積み出し港エマハーフェン(現在のテルック・バユール)も築かれた。露天掘りは鉄道の完成後の1892年に始まった。

働き手は地元のミナンカバウの人々に加え、ジャワや、シンガポールとペナンを経て集められた中国人の契約労働者、そしてジャワやバリ、マカッサルの監獄から送られ「オラン・ランタイ(鎖の人)」と呼ばれた囚人だった。会社町サワルントには7000人を超える人が住んだ。1945年にインドネシア政府が経営を引き継ぎ、最後の石炭列車が港に着いたのは1999年である。2019年に世界遺産に登録された。

データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。