写真: 「La colonie dartistes jugendstil (Mathildenhöhe, Darmstadt) (7882268852)」Jean-Pierre Dalbéra from Paris, France / CC BY 2.0 / Wikimedia Commons · トリミングあり
ダルムシュタット芸術家村
Artists' Colony in Darmstadt
Wikipediaで記事がある言語の数を、世界での知られ方の目安にしています。行った人・行きたい人の数は、利用者が増えてから表示します。
アプリで記録する
朱印・行きたい・立った年は、iPhoneアプリで記録します。
時間の物差し
前3000年起点 1897年現在
成り立ち
ダルムシュタットのマティルデンヘーエは、ドイツ中西部ヘッセン州の町を見下ろす最も高い丘である。ここにヘッセン大公エルンスト・ルートヴィヒが芸術家村を開き、建築や工芸の改革運動の拠点とした。オーストリア出身でウィーン分離派の創設者の一人であるヨーゼフ・マリア・オルブリッヒと、ペーター・ベーレンスが中心となった。
芸術家村は1901年、1904年、1908年、1914年の国際展覧会のたびに広がった。オルブリッヒは住宅の多くといくつかの展示館を設計し、1900年にヘッセン国籍を得て大公から教授に任じられた。1908年には村の中心となる結婚記念塔と、隣の大きな展示館が完成した。オルブリッヒは同じ年に40歳で亡くなった。
丘には1897〜1899年にレオン・ベヌアの設計で建てられたロシア正教の聖マリア・マグダレーナ礼拝堂もある。ロシア皇帝ニコライ2世の私的な礼拝堂として使われ、皇后アレクサンドラはダルムシュタットの生まれだった。2021年に世界遺産に登録された。
データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。