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クルディーガの旧市街
写真: Vesma / Public domain / Wikimedia Commons · トリミングあり

クルディーガの旧市街

Old town of Kuldīga
WHC 16582023年登録56.97°N 21.97°EWikipedia 5言語

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時間の物差し
前3000年起点 1242年現在

成り立ち

クルディーガはラトビア西部、ヴェンタ川のほとりにある。1242年4月19日、リヴォニア騎士団は川の浅瀬のそばに城を築く許しを得た。これがクルディーガの名が出る最古の文書で、町の創建年とされている。1263年には城と周りの集落がゴールディンゲンという町として記録され、リガの都市法にもとづく権利をもった。1368年にはハンザ同盟に加わった。

1561年にクールラント・ゼムガレン公国ができると、初代公ゴットハルト・ケトラーは旧騎士団の城を居城の一つとした。1610年には、のちに公となり植民地経営に乗り出すヤコブ・ケトラーがこの町で生まれた。1615年、洪水で橋が流され、同じ年の大火で木造の建物の多くが焼けた。再建のときに新しい市場広場と市庁舎がつくられ、町の中心は聖カタリナ教会のそばから移った。

16世紀から18世紀にかけて、小さな集落は公国の重要な行政の中心に育った。そのころの街路の形が今も残り、伝統的な丸太造りの家と、バルト海の各地から来た職人がもちこんだ様式の建物が並ぶ。1670年に建った家はクルゼメ地方でもっとも古い木造建築である。1874年にはヴェンタ川に長さ164mのれんがの橋が架かった。2023年に世界遺産に登録された。

データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。