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シルクロード:ザラフシャン=カラクム回廊
写真: Bobyrr / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons · トリミングあり

シルクロード:ザラフシャン=カラクム回廊

Silk Roads: Zarafshan-Karakum Corridor
WHC 16752023年登録39.44°N 69.69°EWikipedia 18言語

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時間の物差し
前3000年起点 前200年現在

成り立ち

ザラフシャン=カラクム回廊は、中央アジアのシルクロードの要となる区間で、四方の道をつないでいた。険しい山地からザラフシャン川沿いの肥えた谷を東から西へ下り、さらに南西へカラクム砂漠を越えてメルヴのオアシスへ至る、長さ866kmの道筋である。紀元前2世紀から16世紀まで、東西の交流の多くがここを通った。

タジキスタンのパンジケントは5世紀に栄えたソグド人の町で、5世紀から722年まで壁画が描き続けられた。722年、アラブ軍が町を包囲して奪い、最後の君主ディーヴァーシュティーチはザラフシャン川上流のムグ山の砦に逃れたが、降伏して捕らえられた。町は8世紀末には人が去り、ロシアの考古学者ボリス・マルシャクが50年以上にわたって発掘した。

世界遺産はタジキスタン、ウズベキスタン、トルクメニスタンの3か国にまたがり、31の構成資産からなる。町や砦の跡、隊商宿、灌漑施設、ヴァブケントのミナレットなどが含まれる。2023年、リヤドで開かれた第45回世界遺産委員会で登録された。

データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。