テル・エッ・スルタン
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成り立ち
テル・エッ・スルタンは、パレスチナの町エリコの中心から北へ約2kmにある楕円形の遺丘で、そばには涸れることのない泉アイン・エッ・スルタンが湧く。前1万年紀から人が住み、この泉の近くでナトゥーフ文化の狩猟採集民が定住を始めた。UNESCOによれば、前9千年紀から前8千年紀には、壁と堀と塔をもつ大きな定住集落になっていた。
石の塔は放射性炭素年代で前8300年ごろに建てられ、前7800年ごろまで使われた。のちの先土器新石器B期の集落からは、石膏で顔を作り直した頭蓋骨が10個見つかっている。青銅器時代中期には城壁に守られた大きなカナンの都市国家となり、前16世紀に破壊された。前587/586年にバビロニアに破壊された後、ペルシア時代に再建されたが、ほどなく居住地としては放棄された。
1868年にチャールズ・ウォーレンが試掘し、1907〜1909年と1911年にエルンスト・ゼリンとカール・ヴァッツィンガー、1930〜1936年にジョン・ガースタングが発掘した。1952〜1958年のキャスリーン・ケニオンの発掘は、塔と壁が新石器時代にさかのぼることを示した。2009年からはローマ・ラ・サピエンツァ大学とパレスチナの観光遺跡省の合同隊が調査を続け、遺跡は2023年に世界遺産に登録された。
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