佐渡島の金山
Sado Island Gold Mines
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時間の物差し
前3000年起点 1601年現在
成り立ち
佐渡島は新潟県の沖約35kmにある火山の島で、地下からわき上がった熱水が金銀の鉱脈をつくった。1601年に金脈が見つかり、この年に佐渡は徳川家康の領地となった。1603年からは佐渡奉行の大久保長安が鉱山を治めた。
江戸時代初期には年400kg以上の金を産したと推定され、銀は年1万貫(37.5トン)が幕府に納められたとされる。他の地域で機械化が進んだ17世紀にも、ここでは手作業による採掘と製錬が続いた。坑道の湧き水を汲み出すため、1770年ごろからは江戸や大坂の無宿人が送られ、水替人足として働かされた。
明治に入ると西洋の技術が導入され、鉱山は1889年に皇室財産となり、1896年に三菱に払い下げられた。1940年には金約1,500kgを産して史上最高となり、第二次世界大戦中には朝鮮半島出身の労働者も働いた。1989年3月31日に採掘を終えるまでの産出は金78トン、銀2,300トンにのぼる。2024年に西三川砂金山と相川鶴子金銀山が世界遺産に登録され、委員会は採掘のすべての時代を通じた歴史を伝える解説を求めた。
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