エクバタナ
Ecbatana
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時間の物差し
前3000年起点 前678年現在
成り立ち
イラン北西部のハマダーンにあるエクバタナは、メディア王国の都だった。ヘロドトスによれば、前678年に最初の王デイオケスがここを都に選び、7重の城壁をもつ宮殿を築いた。名は「集まる場所」を意味するハングマタに由来すると解される。
前550年、キュロス大王がアステュアゲスを破ってエクバタナを取り、アケメネス朝を開いた。町はペルセポリスとサルディスを結ぶ王の道の上にあり、王朝の夏の都と宝庫になった。前330年、アレクサンドロス大王が宝庫を奪った。
その後もセレウコス朝、パルティア、ササン朝の夏の都として使われ、約3000年にわたって人が住み続けてきた。前7世紀から前6世紀のメディア文明を伝える数少ない遺跡として、2024年に世界遺産に登録された。
データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。