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ウンム・アル=ジマール
Umm el-Jimal
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成り立ち
ウンム・アル=ジマール(「ラクダの母」)はヨルダン北部、マフラクの東約17kmのハウラン地方にある村で、玄武岩で建てられた古代の集落跡が地上に残る。UNESCOによれば最も古い建物は1世紀、この一帯がナバテア王国に属した時代のものである。
106年にナバテア王国がローマ皇帝トラヤヌスに併合されて属州アラビアとなり、のちにここには守備隊と砦が置かれた。5世紀頃からローマ時代の集落の上に村が自然に広がり、5〜6世紀に建てられた約150棟の家が今も立つ。6世紀には教会の建設が相次ぎ、そのうち15棟が見られる。
640年にイスラームの支配に入ると、建物はモスクや住居に転用された。749年頃の地震で多くが壊れ、UNESCOによれば集落は8世紀末まで営まれた。遺跡からはギリシア語、ナバテア語、サファー語、ラテン語、アラビア語の碑文が見つかっている。20世紀初めにドゥルーズ、次いでベドウィンのムサイード族が移り住み、2024年に世界遺産に登録された。
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