ミノア文明の宮殿遺跡群
Minoan Palatial Centres
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時間の物差し
前3000年起点 前1900年現在
成り立ち
クレタ島のミノア文明は前2800年から前1100年まで東地中海で栄えた。世界遺産はクノッソス、ファイストス、マリア、ザクロス、ゾミントス、キドニアの6つの宮殿遺跡からなり、年代は前1900年から前1100年に及ぶ。クノッソスの丘には前7000年ごろから人が住んでいた。
最初の宮殿は前1900年ごろクノッソス、ファイストス、マリアに建てられ、前1700年ごろ地震などで壊れたのち、さらに大きく建て直された。宮殿は迷路のような部屋割り、中庭、倉庫、水利の設備をもつ行政・経済・宗教の中心で、クレタ聖刻文字と線文字Aが使われた。前1470年ごろの破壊の波でクノッソス以外の宮殿は失われ、クノッソスはミケーネ系ギリシア人のもとで線文字Bの記録を残した。
クノッソスは前1370年ごろに焼け、その後は部分的に使われるだけになった。近代の発掘は1878年のミノス・カロケリノスに始まる。宮殿遺跡群は2025年に世界遺産に登録された。
データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。