聖ヒラリオン修道院 / テル・ウンム・アメル
Tell Umm el-'Amr
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時間の物差し
前3000年起点 340年現在
成り立ち
ガザ地区ヌセイラトの海岸砂丘に、聖ヒラリオン修道院の遺跡テル・ウンム・アメルがある。ガザ地方に生まれたヒラリオンはアレクサンドリアでキリスト教に改宗し、聖アントニオスにならってエジプトで隠修士となったのち、故郷へ戻った。340年ごろ、彼は故郷タバタ村の近くに庵を開いた。初めは一人ずつ暮らす隠修士の集まりだったが、やがて共同生活を送る修道院となり、聖地で最初の修道共同体になった。
修道院はアジアとアフリカを結ぶ交易と交通の道の交差点にあり、宗教と文化、経済の交流の場となった。遺構は後期ローマ時代からウマイヤ朝まで4世紀以上にわたり、次々に建てられた5つの教会、浴場、幾何学模様のモザイク、広い地下聖堂が残る。修道院は7世紀の地震のあと捨てられた。
遺跡は1990年代末の建設工事のなかで見つかり、パレスチナの観光遺跡省が国際協力による発掘を始めた。2002年からはルネ・エルテールとアイマン・ハスーナが共同で発掘を指揮した。2023年12月、ユネスコはこの遺跡に暫定的な強化保護を与え、2024年7月、世界遺産への登録と同時に危機遺産リストにも記載した。
データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。