写真: Unknown author / Public domain / Wikimedia Commons · トリミングあり
飛鳥・藤原の宮都
Ancient Capitals of Asuka and Fujiwara
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時間の物差し
前3000年起点 588年現在
成り立ち
奈良盆地南部の飛鳥には588年から694年まで、藤原京には694年から710年まで宮都が置かれた。この時代、中国や朝鮮半島との行き来の中で仏教が伝わり、東アジアの都づくりの考え方が取り入れられた。資産は宮殿や役所の跡、寺院跡、古墳など19件からなる。
飛鳥寺は蘇我馬子が建てさせた蘇我氏の寺で、596年ごろに完成した。588年には百済から僧や寺工、瓦博士らが送られてきた。609年には銅造の仏像が完成し、本尊は鞍作止利の作と伝わる。
藤原京は持統天皇のもとで690年に工事が再開された碁盤目状の計画都市で、宮は約1km四方あった。宮跡からは約1,200点の木簡が出ている。710年、元明天皇が平城京へ都を移した。高松塚古墳は1970年に村人がショウガを貯える穴を掘って石を見つけたことから知られ、1972年3月の発掘で彩色壁画が現れた。壁画は1974年に国宝となり、古墳は694〜710年の藤原京の時代に造られたと考えられている。2026年に世界遺産に登録された。
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