マンギスタウの岩窟モスク群及び関連する聖地群
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成り立ち
カスピ海に面したマンギスタウ半島には、岩をうがって造られた5つの聖地がある。ベケト・アタ、ショパン・アタ、カラマン・アタ、シャクパク・アタ、スルタン・エペで、それぞれがスーフィーの師と結びつき、12世紀から18世紀にかけて造られた。土地の人々は「地下モスク」と呼び、自然の洞窟や切り立った岩、地面を掘り込んで礼拝室やミフラーブ、聖者の墓を設けている。周囲の墓地は10世紀から20世紀にわたる。
最も古いショパン・アタは12世紀にさかのぼる。ショパン・アタはヤサウィー教団の祖ホージャ・アフマド・ヤサウィー(1093年頃-1166年頃)の弟子だったと伝えられ、隣の墓地では10世紀から14世紀の墓1,600基以上が記録されている。スルタン・エペも12世紀にさかのぼり、9つの部屋と聖なる井戸をもつ。カラマン・アタは13世紀に泥灰岩の丘に掘られた。遊牧の世界で、スーフィズムの信仰が祖先崇拝や土地を聖なるものとみる古い慣習を受け継ぎながら形を変えていったことを、これらの聖地は伝えている。
最も新しいベケト・アタは18世紀のものである。ベケト・ムィルザグルウルはブハラで学んで故郷に戻り、4つのモスクを建て、そのうちオグランドゥの地下モスクに葬られた。この聖地は今もその名で呼ばれる。初めての学術調査は1951年から1952年に行われ、1982年1月26日に国の保護下に入った。2026年の審査でICOMOSはベケト・アタを外すよう勧告したが、世界遺産には5か所すべてが登録された。
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