StoodmarkEN
タスマニア原生地域
写真: Jörn Brauns / Public domain / Wikimedia Commons · トリミングあり

タスマニア原生地域

Tasmanian Wilderness
WHC 1811982年登録42.60°S 146.17°EWikipedia 46言語

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時間の物差し
前3000年起点 前40000年現在

成り立ち

タスマニア島の南西部は、氷河に削られた険しい山と温帯雨林が広がる土地である。タスマニアのアボリジナルの人々は約4万年前からここに暮らし、最終氷期には世界で最も南に住む人々だった。石灰岩の洞窟には骨や石器、赤い黄土の手形が残り、ワルガタ・ミナは黄土に哺乳類の血が混ぜられていたことが世界で初めて確かめられた場所である。

1978年、ゴードン川のフランクリン川合流点の下流にダムを造る計画が発表された。1981年からの調査で、水没する洞窟から約1万5000年前の人の暮らしの跡が見つかり、反対運動は全国に広がった。1982年12月14日、パリのユネスコの委員会が一帯を世界遺産に登録する予定だったその日に、ダム建設地の封鎖が始まり、逮捕者は合わせて1217人にのぼった。

1983年3月5日の連邦選挙で、ダム建設を止めると約束したボブ・ホークの労働党が勝った。7月1日、連邦最高裁判所は4対3で連邦政府の権限を認め、ダムは造られなかった。遺産地域は1989年と2013年に広げられ、いまは158万haを超えて島のほぼ4分の1を占める。

データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。