アメル山の城塞群
Mount Amel Castles
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時間の物差し
前3000年起点 1106年現在
成り立ち
アメル山の城塞群は、レバノン南部ジャバル・アーミル地方の丘や尾根に建つ5つの城、ボーフォール城(カラアト・アッ・シャキーフ)、トロン城(ティブニーン)、チャクラ城(ドゥビエ)、デイル・キファ城(マロン)、シャマア城からなる。主要な道を見下ろすこれらの城は、人や物の動きと農地を押さえる網の目として働き、十字軍、アイユーブ朝、マムルーク朝、オスマン帝国、地元の封建領主へと持ち主を変えた。
トロン城は1106年、ガリラヤ侯ユーグ・ド・フォーカンベルグがティルス攻略のために築いた。ボーフォール城は1139年にエルサレム王フルクが奪い、1190年にサラディン、1240年に再び十字軍の手に渡り、1268年にマムルーク朝のバイバルスが落とした。1266年にマムルーク朝に壊されたトロン城は、18世紀半ばにシーア派の首長ナーシーフ・アン・ナッサールが再建し、現在の姿はおもにこの時代のものである。
ボーフォール城は1782年にアッカ総督ジャッザール・パシャに攻められ、1837年の地震でさらに傷んだ。20世紀後半には軍事拠点となり、1976年からパレスチナ解放機構が、1982年から2000年まではイスラエル軍が使った。5城は2026年に世界遺産に登録された。
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