写真: 「Leptis Magna (29) (8288918733)」joepyrek from Richmond, Va, USA / CC BY-SA 2.0 / Wikimedia Commons · トリミングあり
レプティス・マグナ
Leptis Magna
Wikipediaで記事がある言語の数を、世界での知られ方の目安にしています。行った人・行きたい人の数は、利用者が増えてから表示します。
時間の物差し
前3000年起点 前650年現在
成り立ち
レプティス・マグナは、紀元前7世紀にフェニキア人が交易の港として開いた町に始まる。のちにカルタゴの支配下に入り、ポエニ戦争でカルタゴが敗れるとローマの属州アフリカに組み込まれた。トラヤヌス帝の時代にはローマ植民市の地位を得た。
この町で生まれたセプティミウス・セウェルスは193年に皇帝となり、211年まで統治した。彼は故郷に新しいフォルムや大きなバシリカを建て、港を造り直し、205年には自ら町を訪れている。人工の港湾は約10万2000m²に及んだ。
439年にヴァンダル族が町を奪い、523年にはベルベル人に略奪され、7世紀のアラブの征服の後はほぼ放棄された。砂丘に埋もれた遺跡は1920年代からイタリアの考古学者が掘り出した。1982年に世界遺産に登録され、2016年にはリビアの世界遺産5件とともに危機遺産に記載された。
データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。