サブラータの考古遺跡
Archaeological Site of Sabratha
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成り立ち
サブラータはリビア西部の海辺の町で、アフリカ内陸の産物を積み出すフェニキア人の交易地として始まった。ポエニ戦争の後、マシニッサのヌミディア王国に入ったが、王国は長く続かなかった。紀元前1世紀にローマが一帯を併合し、属州アフリカ・ノウァとした。
町は近くのレプティス・マグナ生まれのセプティミウス・セウェルス帝が開いた王朝の時代に最も栄え、広さはほぼ2倍になった。186年にはコンモドゥス帝がヘラクレスと父マルクス・アウレリウスにささげる神殿を建てた。劇場には今も3層の舞台背景が立つ。
365年の大地震が町を傷め、5世紀にヴァンダル人が支配すると多くの区画が捨てられた。ユスティニアヌス帝の時代に小さな復興があり、そのころの聖堂が残る。1921年からイタリアの考古学者が発掘を重ね、遺跡は1982年に世界遺産に登録され、2016年に危機遺産となった。
データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。