ロード・ハウ島群
Lord Howe Island Group
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時間の物差し
前3000年起点 1788年現在
成り立ち
ロード・ハウ島群は、オーストラリア本土のポートマッコーリーの東約600kmにある。約700万年前の楯状火山が約50万年にわたって噴火し、その侵食された名残が島になった。島群は28の島や岩からなり、本島の南東約23kmには高さ551mの尖った岩山ボールズ・ピラミッドが立つ。ヨーロッパ人が来る前に人が住んだ証拠は見つかっていない。
1788年2月17日、ノーフォーク島に流刑植民地をつくるため囚人を運んでいた英軍艦サプライ号のヘンリー・リジバード・ボール大尉がこの島を初めて報告した。3月の帰路には上陸隊を送り、英国領とした。その後は捕鯨船の補給地となり、1834年6月に定住が始まった。1918年に座礁したマカンボ号からネズミが上陸し、固有の鳥が何種も絶滅した。
ロードハウナナフシは1920年を最後に姿が見られず絶滅したと考えられていたが、2001年にボールズ・ピラミッドで24匹が見つかった。1982年に世界遺産に登録された。
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