ティムガッド
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時間の物差し
前3000年起点 100年現在
成り立ち
100年、ローマ皇帝トラヤヌスは北アフリカ、今のアルジェリアのアウレス山地の近くに、何もない土地から軍の植民市タムガディを築いた。名は母マルキア、姉ウルピア・マルキアナ、父の名にちなむ。退役兵と入植者が住み、ベルベル人に対する砦の役目を担った。
町は約1万5000人を想定して碁盤目に区画され、ローマの格子状の都市計画として最もよく残る例の1つである。大通りデクマヌス・マクシムスの西端に高さ12mの凱旋門が立ち、3500席の劇場、図書館、ローマのパンテオンに近い大きさのユピテル神殿が並ぶ。2世紀半ばには町は最初の城壁の外へ広がった。
5世紀にヴァンダル人が町を荒らし、539年にはビザンツの将軍ソロモンが取り戻して南に砦を築いた。8世紀に人が住まなくなり、1881年から1960年までほぼ続けて発掘が行われた。1982年に世界遺産に登録された。
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