カホキア
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成り立ち
カホキアはイリノイ州、ミシシッピ川を挟んでセントルイスの対岸にある。600年頃には人が住み、9世紀頃にマウンド(土を盛った基壇)づくりが始まった。1050年頃、グランド・プラザを軸に北を向いた計画都市が整えられ、1050〜1150年には1万〜2万人が暮らしていた可能性がある。最盛期の広さは約1600ha、マウンドは約120基にのぼり、人々は五大湖からメキシコ湾岸までの地域と銅やサメの歯、貝殻を取引した。
中心のモンクス・マウンドは10世紀前半に築き始められ、高さ約30mまで盛り上げられた。頂上には長さ30mを超える建物が立っていた。72号マウンドからは約270人の遺骨が見つかり、その中には約1万個の貝のビーズをハヤブサの形に並べた上に横たえられた男性もいた。1175年頃には中心部を囲む木柵が築かれたが、12世紀後半から人々は町を離れ始め、14世紀には町は無人になった。
町の本来の名は伝わっておらず、マウンド群の名は、17世紀にフランス人探検家が来たときにこの地に住んでいたイリニウェク系のカホキア族による。対岸セントルイスのマウンドのほとんどは、19世紀半ばに埋め立て用の土として崩された。イリノイ州は1923年に州立公園として土地の購入を決めて遺跡の保護を始めたが、1950年代の高速道路建設は遺跡を傷つける一方、大規模な緊急発掘ももたらした。1982年に世界遺産に登録された。
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