ポロンナルワ
Polonnaruwa
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時間の物差し
前3000年起点 993年現在
成り立ち
ポロンナルワは、シンハラ王国の軍の拠点として始まった。993年にアヌラーダプラが破壊されると、スリランカの2番目の都となった。南インドのチョーラ朝はこの町をジャナナータマンガラムと改名し、ラージャラージャ1世はシヴァ寺院(シヴァ・デーワーラヤ)を建てた。
1070年、ヴィジャヤバーフ1世は7か月の包囲の末に町を奪い、島のチョーラ支配を終わらせた。12世紀、パラークラマバーフ1世のもとで交易と農業が栄え、町は庭園都市として整えられた。大きな灌漑施設パラークラマ・サムドラも、この王の時代の事業と結びつけられている。
パラークラマバーフの後を継いだニッサンカ・マッラ1世の後は弱い王が続き、南インドの王家との婚姻が重なった。1214年、武将カリンガ・マーガが侵入し、アヌラーダプラとポロンナルワを焼いた。1982年に世界遺産となった。
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