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サラン=レ=バンの大製塩所からアル=ケ=スナンの王立製塩所までの煎熬塩の生産
写真: 「France arc et senas saline royal main building 1」Rolf Süssbrich / CC BY-SA 3.0 / Wikimedia Commons · トリミングあり

サラン=レ=バンの大製塩所からアル=ケ=スナンの王立製塩所までの煎熬塩の生産

From the Great Saltworks of Salins-les-Bains to the Royal Saltworks of Arc-et-Senans, the Production of Open-pan Salt
WHC 2031982年登録46.94°N 5.88°EWikipedia 35言語

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成り立ち

フランス東部のサラン=レ=バンでは、遅くとも中世から地下の塩水をくみ上げ、薪の火で煮詰めて塩を作ってきた。1115年にはすでに町の周りの井戸に2つの製塩所があり、塩のおかげでサランは中世のフランシュ=コンテでブザンソンに次ぐ大きな町だった。

やがて周りの森は切り尽くされ、薪を遠くから運ぶ費用がかさんだ。1771年から製塩所の監察官を務めた建築家クロード=ニコラ・ルドゥーは、シューの森の近くのアルク=エ=スナンに王立製塩所を設計した。1779年に完成した半円形の工場へは、サランから21kmの木の二重管で塩水が送られた。ルドゥーは工場を中心とする理想都市を構想したが、造られたのは製塩所だけだった。

アルク=エ=スナンの製塩所は1895年まで操業し、1982年に世界遺産に登録された。サランの大製塩所は1962年に生産を止め、2009年に登録範囲に加えられた。

データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。