古代都市アレッポ
Ancient City of Aleppo
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成り立ち
アレッポは紀元前2千年紀からいくつもの交易路が交わる町で、ヒッタイト、アッシリア、アッカド、ギリシア、ローマ、ウマイヤ朝、アイユーブ朝、マムルーク朝、オスマン帝国が次々に治めた。城壁に囲まれた旧市街にはギリシア・ローマ時代の街路の形が残り、その中央の丘に城塞がそびえる。
サラディンの子ザーヒル・ガーズィーは1193年から1215年にアレッポを治め、城塞を大きく作り直して斜面を石で覆い、堀に石の橋を架けた。城塞は1260年のモンゴル、1400-1401年のティムールの侵攻で壊された。ウマイヤ朝に創建された大モスクは12世紀に建て直され、屋根付きのスークやキャラバンサライ、浴場が町を埋めた。
旧市街は1986年に世界遺産に登録された。シリア内戦中の2012年から戦闘で古い市場などが破壊され、2013年に危機遺産となった。旧市街の約30%が破壊されたと推計され、2017年のユネスコの緊急調査は大きな被害を報告した。
データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。