StoodmarkEN
古代都市アレッポ
写真: 「Aleppo Citadel 06 - Inner gate」Bernard Gagnon / CC BY-SA 3.0 / Wikimedia Commons · トリミングあり

古代都市アレッポ

Ancient City of Aleppo
WHC 211986年登録36.18°N 37.15°EWikipedia 34言語

Wikipediaで記事がある言語の数を、世界での知られ方の目安にしています。行った人・行きたい人の数は、利用者が増えてから表示します。

アプリで記録する

朱印・行きたい・立った年は、iPhoneアプリで記録します。

成り立ち

アレッポは紀元前2千年紀からいくつもの交易路が交わる町で、ヒッタイト、アッシリア、アッカド、ギリシア、ローマ、ウマイヤ朝、アイユーブ朝、マムルーク朝、オスマン帝国が次々に治めた。城壁に囲まれた旧市街にはギリシア・ローマ時代の街路の形が残り、その中央の丘に城塞がそびえる。

サラディンの子ザーヒル・ガーズィーは1193年から1215年にアレッポを治め、城塞を大きく作り直して斜面を石で覆い、堀に石の橋を架けた。城塞は1260年のモンゴル、1400-1401年のティムールの侵攻で壊された。ウマイヤ朝に創建された大モスクは12世紀に建て直され、屋根付きのスークやキャラバンサライ、浴場が町を埋めた。

旧市街は1986年に世界遺産に登録された。シリア内戦中の2012年から戦闘で古い市場などが破壊され、2013年に危機遺産となった。旧市街の約30%が破壊されたと推計され、2017年のユネスコの緊急調査は大きな被害を報告した。

データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。