クトゥブ・ミナールと周辺遺跡群
Qutb complex
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時間の物差し
前3000年起点 1193年現在
成り立ち
12世紀末、ゴール朝のムハンマドがプリトヴィーラージ・チャウハーンを破ると、その総督クトゥブッディーン・アイバクは1193年に破壊したヒンドゥー教とジャイナ教の寺院の石材を使ってクワットゥル・イスラーム・モスクの建設を始めた。ユネスコはこれを北インド最古のモスクとしている。アイバクはこの勝利を記念する赤砂岩の塔クトゥブ・ミナールにも着手し、デリー・スルターン朝の王イルトゥトミシュ(在位1211〜36年)が3層を加えた。
塔は高さ72.5m、基部の直径は14.32mあり、インドで最も高い石積みの塔である。1235年にはイルトゥトミシュの墓廟が建てられ、王の墓廟を建てる伝統の始まりとなった。モスクの中庭には、グプタ朝のチャンドラグプタ2世が5世紀初めに建てた重さ約6.5トンの鉄柱があり、10世紀にこの地へ移されたものである。
1296年から1311年にかけてアラーウッディーン・ハルジーが敷地を広げ、1311年に門アライ・ダルワーザを建てた。クトゥブ・ミナールの2倍の規模で計画したアライ・ミナールは、1316年に王が亡くなって第1層の高さ25mで止まった。塔は14世紀の落雷でトゥグルク朝のフィールーズ・シャーが最上部を2層に替え、1503年にはローディー朝のシカンダル・ローディーが修理した。1993年に世界遺産に登録された。
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