写真: 「Mahadev Temple Western Group of Temples Khajuraho India - panoramio」Hiroki Ogawa / CC BY 3.0 / Wikimedia Commons · トリミングあり
カジュラーホー寺院群
Khajuraho Group of Monuments
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時間の物差し
前3000年起点 950年現在
成り立ち
カジュラーホー寺院群は、インド中部マディヤ・プラデーシュ州に残るヒンドゥー教とジャイナ教の寺院群である。10〜11世紀にこの地方を治めたチャンデーラ朝が建て、王朝は950年から1050年ごろに最盛期を迎えた。ラクシュマナ寺院はヤショーヴァルマン王、ヴィシュヴァナータ寺院はダンガ王の時代を代表し、現存最大のカンダーリヤ・マハーデーヴァ寺院はヴィディヤーダラ王のもとで建てられた。
12世紀には約85の寺院があったとされる。1022年、ガズナ朝のマフムードのカーリンジャル遠征に同行したペルシアの学者ビールーニーは、カジュラーホーをジャジャーフティの都として記した。1335年ごろにはモロッコの旅行家イブン・バットゥータが「カジャッラ」の名で訪れ、壊された像と寺院の近くに住むヨーガ行者を書き残している。
その後、寺院は密林に覆われた。19世紀半ばにはアレクサンダー・カニンガムが調査して寺院を西・東・南の3群に分け、この区分は今も使われている。残る寺院は約6km²に散らばり、1986年に世界遺産に登録された。
データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。