コナーラクのスーリヤ寺院
Konark Sun Temple
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時間の物差し
前3000年起点 1250年現在
成り立ち
コナーラクの太陽神スーリヤの寺院は、東ガンガ朝のナラシンハ・デーヴァ1世(在位1238-1264年)が1250年ごろに建てた。古いスーリヤ寺院の近くに置かれ、その神像が新しい寺院に移されて祀り直された。
寺院全体がスーリヤの乗る巨大な戦車をかたどり、直径約3mの彫刻された車輪が24個、基壇の両側に並ぶ。基壇には獅子、楽人、踊り手、男女の像が刻まれている。17世紀には、海を行くヨーロッパの船乗りたちがこの寺院を「黒いパゴダ」と呼んでいた。
本殿の高い塔は19世紀に崩れ、崩壊の原因はいまも定まっていない。1903年、ベンガル副総督J・A・ボーディロンの命で、拝殿が倒れないよう内部を封じて砂で埋めた。1984年に世界遺産に登録され、2022年9月8日にインド考古調査局が拝殿の砂を取り出す作業を始めた。
データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。