バビロン
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成り立ち
バビロンはバグダッドの南85kmにある古代都市の跡である。紀元前2千年紀の初めには小さな都市国家だったが、ハンムラビ(在位紀元前1792年-紀元前1750年)が南メソポタミアを統一してその都とした。その後アッシリア、カッシート、エラムの支配を受け、紀元前626年から紀元前539年には新バビロニア帝国の首都となった。ネブカドネザル2世は都を造り直し、イシュタル門を建てた。七不思議の一つ「空中庭園」とも結びつけられてきたが、その実在には議論がある。
紀元前539年、町はペルシアのキュロス2世の手に落ち、紀元前323年にはアレクサンドロス大王がネブカドネザルの宮殿で亡くなった。人が住んだ最後の記録は11世紀のものである。発掘は1842年に始まり、1879年から1882年には大英博物館のために、1899年からはドイツ・オリエント協会が初めての組織的な発掘を行い、古代バビロンの街の構造の多くが明らかになった。
1983年に一度審議されたが、保護計画を整えるよう差し戻された。1978年からは遺跡の上に建物を再建する事業が進められ、マルドゥク門は現代の焼成れんがとセメントで造り直された。こうした変化は軍による使用でさらに深まり、アメリカ軍とポーランド軍が使ったキャンプ・アルファは内城の遺跡150ha以上を占めた。2019年、バビロンは世界遺産に登録された。
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