アンジャル
Anjar
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時間の物差し
前3000年起点 714年現在
成り立ち
レバノンのベカー高原にあるアンジャルは、8世紀初め、ウマイヤ朝のカリフ、ワリード1世の時代に建てられた町である。石切り場に残るシリア語の落書きには714年の年がある。ベイルートとダマスカス、ホムスとティベリアスを結ぶ2つの道が交わる商業の町だった。
町は長方形の城壁に囲まれ、40の塔が並ぶ。南北と東西の大通りが町を4つに分け、交差点には4面の門テトラピロンが立つ。南東の一角にカリフの宮殿とモスク、北東に小さな宮殿と浴場があった。
町は完成しなかった。744年にワリードの子イブラーヒームが敗れると、一部を壊されたまま捨てられた。遺跡は1940年代の終わりに見つかり、1939年からはムサ・ダグ出身のアルメニア人難民が近くに住んでいる。1984年に世界遺産に登録された。
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