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アーヘン大聖堂
写真: 「Aachen Germany Imperial-Cathedral-01」Photo by CEphoto, Uwe Aranas or alternatively © CEphoto, Uwe Aranas / CC BY-SA 3.0 / Wikimedia Commons · トリミングあり

アーヘン大聖堂

Aachen Cathedral
定番WHC 31978年登録50.77°N 6.08°EWikipedia 64言語

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時間の物差し
前3000年起点 796年現在

成り立ち

アーヘンは1世紀から温泉地として使われたフランク王家の領地で、カール大帝はここを好んで住まいとした。大帝は790年代、宮殿とともに宮廷礼拝堂の建設に取りかかった。設計者はメッツのオドとされる。

礼拝堂は八角形の平面にドームをいただき、内側の八角形の直径は14.46mある。大帝はローマやラヴェンナから古代の円柱を運ばせたとみられる。大帝は814年にここに葬られ、936年から1531年まで、この礼拝堂で31人のドイツ王が戴冠した。

1165年にカール大帝が列聖されると巡礼者が押し寄せ、1355年にゴシック様式の内陣が加えられた。この二つの部分から成る「ガラスの礼拝堂」は、大帝の没後600年に献堂された。第二次世界大戦では大きな被害を受けたが、建物の基本構造は残った。大聖堂は1978年の第2回世界遺産委員会で世界遺産に登録された。

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