ヴィエリチカとボフニャの王立岩塩坑群
Wieliczka and Bochnia Royal Salt Mines
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時間の物差し
前3000年起点 1044年現在
成り立ち
ポーランド南部、クラクフ近くのヴィエリチカでは、新石器時代からわき出る塩水から塩がつくられた。鉱山の最初の記録は1044年の特権状である。13世紀には井戸が掘られ、岩塩を掘る最初の縦坑が開かれた。ヴィエリチカとボフニャの2つの鉱山は、長く1つの王立の会社クラクフ製塩所として営まれた。
カジミェシュ3世は鉱山を大きく育て、1363年に鉱夫のための病院を開いた。掘り終えた坑道は礼拝堂や作業場に変えられ、鉱夫たちは岩塩から像や祭壇を刻んだ。19世紀初めから地下の見学路がある。
第二次世界大戦中、ドイツ占領軍は坑内に軍需工場を置き、ユダヤ人の囚人を働かせた。採掘は1996年に終わった。1978年に最初の世界遺産の1つとして登録され、1989年から1998年まで湿気による像の傷みから危機遺産とされた。
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